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山椒魚 井伏鱒二著 [文学]

山椒魚が大きくなってしまい、棲家である岩屋の中から出られなくなったというお話。 国語の教科書で読んだことがある人も多いと思います。

井伏鱒二の本名は満寿二ですが、釣りが好きなので、鱒二としたとか。 確かに、1926年発表の『鯉』という短編小説には釣りのシーンが登場します。

『山椒魚』は、もともとは1923年25歳の時に発表した『幽閉』という作品でした。処女作です。1929年に筆を加えて、『山椒魚』と改題されています。 前述の『鯉』も1928年に加筆されていますから、一度発表した作品に手を加えることはこの作品に限ったことではありません。


山椒魚は悲しんだ。

この一行から始まる『山椒魚』ですが、ぼんやりと岩屋の中で過ごしているうちに出入り口よりも大きく育ってしまい、閉じ込められた間抜けな山椒魚のお話と記憶していました。
半年ほど前に、NHKラジオの【朗読の時間】で聞いてみると、後半は、岩屋に紛れ込んできた蛙を2年にわたって閉じ込めてしまう意地の悪い山椒魚のお話でした。

最後の部分、NHKラジオで聞いていて心に残ったのですが、井伏鱒二本人は80歳を超えてからの自選全集に掲載する際にこの部分を含む十数行を削除してしまいました。


削除部分を、1974年の講談社文庫から以下に転載。


 ところが、山椒魚よりも先に、岩の凹みの相手は、不注意にも深い歎息をもらしてしまった。それは「ああああ」という最も小さな風の音であった。去年と同じく、しきりに杉苔の花粉の散る光景が彼の歎息を唆したのである。
 山椒魚がこれを聞きのがす道理はなかった。彼は上の方を見上げ、かつ友情を瞳にこめてたずねた。
「お前は、さっき大きな息をしたろう?」
相手は自分を鞭撻して答えた。
「それがどうした?」
「そんな返辞をするな。もう、そこから降りて来てもよろしい。」
「空腹で動けない。」
「それでは、もうだめなようか?」
 相手は答えた。
「もうだめなようだ。」
よほどしばらくしてから山椒魚はたずねた。
「お前は今どういうことを考えているようなのだろうか?」
 相手は極めて遠慮がちに答えた。
「今でもべつにお前のことをおこってはいないんだ。」

この、『山椒魚・本日休診』の講談社文庫。他に、『鯉』 『屋根の上のサワン』 『丹下氏邸』 『集金旅行』 『「槌ツァ」と「九郎冶ツァン」はけんかして私は用語について煩悶すること』 『へんろう宿』 『遥拝隊長』 が収められています。
 私的には、『屋根の上のサワン』と『集金旅行』がおすすめ。
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