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童話【野菜の気持ち】 [創作]

これはお肉やお魚になりたいと思った野菜たちのお話です。

【野菜の気持ち】

 町はずれにこじんまりとしたレストランがありました。いつもにこにこ笑顔が素敵なシェフが一人で切り盛りしています。料理の腕前が確かな上に、日々、素材についての研究を重ねていましたから、それはそれは美味しい料理をいただけます。お客様も大満足。「いつも美味しい料理をありがとう。」「何をいただいても最高ね。」帰りがけにシェフに感謝の気持ちを伝えます。ですから、肉も魚も野菜たちも幸せのはずでしたが…

 野菜たちの中には不満を抱く者がいたのです。お客さんは、いつも肉や魚のことばかり褒める。俺たちは所詮付け合せ。脇役にしか過ぎないんだ。たまにはメインディッシュとして皿に乗りたいよ。
確かに、お客様は、「今日のお肉は格別ね。」とか「このお魚、新鮮で美味しいわ。」と肉や魚への賞賛はよくあっても、野菜を特別に褒めることはめったにありません。野菜たちの言い分にも一理あります。

 野菜たちは思い切ってシェフにお願いしました。「シェフさん、私たちも同じ素材の一員なのに、肉や魚ばかりに日が当たって日陰の存在になっているような気がします。私たちをメインディッシュにしてください。」
素材の気持ちを大切にするシェフでしたから、野菜たちの希望を聞き入れました。「今度は君たちだけで料理を作ってみるよ。何か希望はあるかい?」
レタスと胡瓜は、毎日お客様に美味しく食べてもらっていて特に不満はありませんでしたから、「私たちはいつもと同じでかまいません。美味しく食べてもらえれば幸せです。」と答えました。
葱とプチトマトは、「私たちも、特に不満はありません。でも、せっかくなので、存在感を少しだけアップしてもらえたら嬉しいです。」と答えました。
茄子は、「私はいつも魚が羨ましいと思っているので、魚にしてください。」とお願いしました。
牛蒡は、「私はかねがね肉に負けたくないと思っているので、肉にしてください。」と頼みました。
シェフは、真面目な顔をして野菜たちの話を聞いていましたが、「君たちの気持ちはよくわかったよ。来週の土曜日に希望を叶えてあげよう。」と言いました。

 土曜日になりました。野菜たち、とりわけ茄子と牛蒡はわくわくドキドキです。いつもの野菜の存在から、魚や肉になれると思うと夢のような気持ちです。

 シェフは、レタスと胡瓜のシンプルサラダを作りました。いつもは生ハムや茹でた海老が一緒ですが、今日はいません。胡瓜のカットを少し変えて見た目を楽しくしたくらい。カットを変えても胡瓜であることは誰にでもわかります。ドレッシングもチーズは使わず、オリーブオイルとバルサミコ酢だけのさっぱり仕立て。野菜の味がストレートにわかります。
お客様から、「今日のレタスと胡瓜は味がしっかりしているね。特別に用意したの?」と聞かれました。レタスも胡瓜もちょっぴり嬉しくなりました。

 プチトマトと葱は串に刺して、ヒマラヤの岩塩をふって炭火でじっくりと焼き上げました。それぞれの味がぎゅっと濃縮されて野菜の美味しさが際立ちます。
お客様の感想は「トマトも葱もこうしていただくと味わい深いものだねえ。」プチトマトも葱も鼻高々です。

 茄子は、皮を剥かれてから薄くスライスされ、オーブンでこんがり焼かれて、醤油、酒、砂糖の甘だれを塗られて更にこんがり焼かれました。見た目からはもう茄子には見えません。匂いもあって、一見鰻の蒲焼風です。自分が魚になれたような気がして茄子は気持ちが高ぶりました。お客様の反応が待ち遠しくてたまりません。
で、お客様がひとこと、「これ何?出されたときは鰻かと思ったけど食べてみたら違うのよね。よくできているけど鰻ではないわ。味は悪くはないけど。」
シェフは、何も答えずに笑っていましたが、茄子はがっかりしました。自分は魚になれたと思ったのに、お客様は魚とは思ってくれなかったのです。

 料理する前に、シェフは牛蒡に尋ねました。「ポークエキスを使うと、より肉らしく仕上がるけどどうします?エキスを使うのは自然ではないけど。」牛蒡は、肉により近づけるならと思い、「使ってください。お願いします。私は肉になりたいんです。」と答えました。
 シェフは牛蒡のただならぬ気配を察し、念入りに調理しました。笹掻きにしてから塩水に長時間晒して丁寧に灰汁抜きをしましたから、牛蒡本来の味や香りはほとんどなくなってしまいました。更に包丁で丹念に叩いてから小麦粉をまぶしてポークエキスを混ぜ込み、パン粉の衣をつけて油で揚げてカツレツに仕上げました。人参、玉ねぎ、セロリなどの野菜をすりおろした特製ソースでさっぱり仕立ての食べやすい一品に仕上がりました。牛蒡は塩水に晒されたり、包丁で叩かれたりと辛い思いをのしましたが、肉になれるのならとの一心で堪えていました。出来上がりはポークカツレツそっくりでしたから、牛蒡はうれしくてたまりません。辛い思いをした甲斐があったと思いました。
 お客様の感想は、「これ何かしら?ポークカツレツのようで微妙に違うのよね。このソースとてもよくできているから、今度ポークカツレツにかけていただきたいわ。
 牛蒡は落胆しました。自分としては肉になったつもりだったのに、お客様からは肉としては認めてもらえなかったのですから。シェフの腕前が悪いわけでもなく、手を抜いて料理したわけでもないことは牛蒡もよくわかっていました。

 結局のところ、野菜であることを否定しなかった、レタス、胡瓜、プチトマト、葱はお客様にそのまま受け入れられましたが、本来の素性を隠そうとした茄子と牛蒡は、そのままでは受け入れられなかったのです。野菜はやはり野菜として振る舞うしかないのでしょうか。茄子も牛蒡も再び苦難の毎日を送ることになるのでしょうか。
 シェフは、何も言いません。相変わらず、毎日美味しい料理を、肉も魚も野菜も使って作っています。そんなある日のこと。2人連れのお客様がいらっしゃいました。
 「いつかの茄子の蒲焼、丼にして作ってくれる?」
 「私は牛蒡のカツレツ、特製野菜ソースでね。」







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